院内研究会「天台宗の引導式について」報告
常勤研究員 小宮俊海
◆院内研究会「天台宗の引導式について」報告
日 時 12月3日(月)14時~16時
講 師 鈴木行賢師(大正大学非常勤講師、天台宗観音寺住職)
智山伝法院では現在、共同研究テーマとして「伝統の創造―真言密教の実践的展開―」を掲げており、その一環として智山伝法院選書『作法集の解説』の作成にむけ、『作法集』について研究を進めている。そのなかで他宗・他流の作法についても理解を深めようと昨年度は真言宗豊山派事相研究所所長の石井祐聖先生をむかえ、特別講習会「真言宗豊山派における『作法集』―特に引導作法を中心に―」を開催した。
本年度は、天台宗より大正大学非常勤講師・福島県観音寺住職である鈴木行賢師をむかえ、去る平成三十年十二月三日(月)別院真福寺にて院内研究会「天台宗の引導式について」を開催した。
鈴木師は講義に先立ち、天台宗を理解する上での基礎知識としていくつかの専門用語について解説をした。まず、『法華経』を中心とした教えである法華円教と四種三昧といわれる止観行との二つを合わせた教観双美という考え方を天台大師智顗が提唱したこと。そして、釈尊の教説の時間的推移を示す五時と教説の内容を分類した八教との二つを合わせた五時八教。また、法華円教と真言密教を同等に見る顕密一致。さらに伝教大師最澄が唐より請来した円密禅戒および叡山浄土教を含めた四宗相承。これらの仏教理解を前提に葬儀式が成立しているという。
続いて、天台宗が用いる葬儀の次第・法則集について現物を持参し、回覧しながら紹介した。それらの内、現在入手が容易なものだけでも『安楽集』『浅学教導集』『台門行要鈔』『天台宗常用法儀集』『天台宗法式作法集』の五種があり、その内容も多種多様であること。そして、実際にどの法式に基づいて葬儀を執り行うかも一様ではなく、その理由として宗派が刊行したものは基本的に総本山である比叡山の法要・儀礼を基に編纂されており、末寺の葬儀を想定したものではないという背景をあげた。また、比叡山で相承する密教法流は台密十三流といわれ、非常に多岐にわたる為、四度加行ならび伝法灌頂だけでは相承される法流をすべて網羅することが不可能であるという実状がある。このことから、各地域や各寺院、各師弟に伝わる法式に基づいて葬儀を行なうことが習いとなっている。
後半は、右記の次第の内容と実際の葬儀の流れについて講義した。前述のとおり多種多様な次第があるものの、葬儀式には三つの大きな枠組みがある。一つは顕教立のもの、二つめは密教立のもの、三つめは円頓戒による授戒作法である。はじめに、顕教立とは『法華経』の思想に基づく法華懺法を軸としたものと、浄土往生思想を基にした例時作法を軸としたものである。次に、密教立とは具体的には光明真言供養法のことである。最後に円頓戒による授戒作法とは、梵網菩薩戒の血脈を授与することによって戒名を授けることをいう。これら三種に基づく作法により各法式の内容を大別することができるとされる。
そして、一連の葬儀の流れとして基本的には、まず枕経にあたる剃度式、通夜にあたる誦経式、葬儀にあたる引導式、野辺の送りにあたる行列式、荼毘にあたる三昧式という構成で進められる。そして、葬儀にあたる引導式の内容について解説した。
まず、松明に火を灯したものを模して一円相を描きながら読み上げ、最後は棺へ投下する下炬文(あこのもん)を用いることから曹洞禅の影響も指摘した。しかし、その文の内容は釈迦・弥勒の二仏が説かれ、円頓戒を授け、南無阿弥陀仏と浄土往生を請う天台宗特有の内容が示されている。そして、引導作法の一例として『安楽集』の六重印信を紹介した。それは、引導の印信(初重)・死出の山印信(第二重)・三途河印信(第三重)・不動六道印信(第四重)・即身成仏印信(第五重)・法華灌頂印信(第六重)の六種である。なかには弘法大師の名や『即身成仏義』の「六大無礙常瑜伽」以下の頌が説かれるなど興味深い内容である。そして、『蓮華三昧経』の「帰命本覚心法身」以下の本覚讃の各句に結印する八印八句という作法が天台宗の特徴的な作法である。しかし、これらが実際の葬儀の現場で行なわれることは時間の制約上ほとんどなくなり、簡略化される形で様々な次第が編纂されるに至ったと考えられている。
そして、円頓戒の授戒に関しては、次第中に『梵網経』の「一切有心者」以下の菩薩戒偈を誦すことによって授戒となしていると考えられる。最後に天台宗の引導の特徴として、福田堯頴(ふくだぎょうえい)師「引導印信講伝」の「引導というは、西方弥陀仏の浄土や、東方薬師仏の浄土等に引導する意ではなくて、新亡者を仏果に引導する義であって、即ち円頓戒を授けて受戒成仏させるにある」の文を引用し、円頓戒を授戒し、亡者に戒名を授けることにより、亡者を成仏させることが肝要であると締めくくった。