教化センター

愛宕薬師フォーラム報告

第29回 愛宕薬師フォーラム平成29年10月13日 別院真福寺

長野オリンピックエンブレムデザインができるまで~アイデアはこうして生まれる~

講師:グラフィックデザイナー  篠塚正典 先生

グラフィックデザインとの出会い
 まず簡単なプロフィールをお話したいと思います。私は昭和35年に江東区東砂という下町で生まれ、荒川の川縁で育ちました。幼少期から絵を描いたり、モノを作るのが好きで、小学校時代にあった夏休みの宿題の工作は、一つ提出すればよかったものを二つも三つも作っていきました。中学生になると絵の具の一種であるポスターカラーで、ポスターを描く授業があり、そこで初めて文字を製図のようにデザインする「レタリング」で、ゴシック体や明朝体でポスターを描きました。印刷したような作品に仕上がったことに感動し、これがグラフィックデザイナーを目指す原点になっています。
 中学校時代はポスターばかりを描いていて、文化祭・体育祭はもとより、生徒会選挙の立候補者などのポスターは頼まれもしないのに描いていました。工芸高校に進みたかったのですが、親に反対され普通科に入学。勉強はあまりせず、スプレー式塗装器具の一種であるエアブラシに夢中になり、イラスト・ポスターを描いていました。一浪の後、多摩美術大学グラフィックデザイン学科に合格しました。
 大学卒業後、ロサンゼルス郊外にアートセンターカレッジオブデザイン(以下、アートセンター)というデザインに関してアメリカで一番有名な学校があると知り、是非そこで学びたいと思いました。英語ができませんでしたが、「なんとかなるだろう」と渡米。でも、なんとかなりませんでした……(笑)。英語の試験に合格しないと、その学校のテストを受けられないので、語学学校に通い合格まで2年かかりました。その2年間の内、前半1年は語学勉強のみでしたが、後半1年は昼間に語学勉強、夜間はアートセンターの夜の授業を1コマずつ受講するといった感じで漸く念願の学校へ入学することができました。
 アートセンターでは日本の大学とは異なった教え方がなされ、習うことすべてが新鮮に感じました。この学校に通っていなかったら長野オリンピックのエンブレムは生みだすことができなかったと今でも思います。
 アートセンターには日本人が私一人でしたので、日本人の意地のようなものもあり、一生懸命勉強し、絵を描きました。おかげさまで主席で卒業することができ、就職はランドーアソシエイツ(以下、ランドー)というアメリカで一番大手のブランディングデザイン会社のデザイナーとして採用されました。サンフランシスコ本社で2年少し働き、20歳代をアメリカで過ごしたので「そろそろ日本に戻るかな」と思い、ランドーの東京支社へ転勤というかたちで1991年に日本へ帰国しました。
 そしてランドーの東京支社に在籍していた時に、長野オリンピックが決定し、そのエンブレム、キャラクターなどのベースデザイン作製を、アトランタ、ソルトレイクと2回エンブレムデザインに関わったランドーが獲得しました。
 エンブレムの選定は、世界各国にあるランドー支社に在籍する何百人ものデザイナーによる1000点以上の作品が東京支社に集まり、ランドーが選考した何点かのデザイン案をオリンピック組織委員会に提案しました。そして1点が決定するのですが、その時に私のデザインした作品が選ばれたのです。
 その後独立し、デザイナーとして30年近くが経ちました。

デザインコンセプト
 右の画像が本日お話する1998年長野オリンピックのエンブレムです。エンブレムからクリエイティブな仕事とはどういうものかを理解していただけるとありがたいです。エンブレムというシンボルデザインには、当然意味しているものがあります。それを“デザインコンセプト“といいます。長野オリンピックエンブレムのデザインコンセプトは、「雪上の綺麗な高山植物を表し、その花弁一枚一枚が競技者の姿も表していると同時に、競技者一人一人が集まって人の輪を作っている」というものです。
 また花弁が六枚なのは、冬季オリンピックなので雪の結晶(六角形)を表します。その色には、五輪の色から黒色を除いた4色と、長野県の色である「オレンジ色」、日本で高貴な色といわれる「紫色」を用いて、背景のグレー色の影で立体的にみえるようにしています。

デザインの要素 
 次にエンブレムデザインがどのようにでき上がってくるのかについてご紹介します。私はクリエイティブなものを生み出すには5つの要素が必要だと考えています。長野オリンピックのエンブレムデザインを事例にお話しします。
 まず1つ目は「調査」、リサーチです。どんなデザインをするにもリサーチは欠かせません。長野オリンピックの場合ですと、長野県や長野市のこと、県や市の花や木・動物などの基本的な事柄、文化・気候・風土、その土地に伝わる民話・神話といったこと。そうしたありとあらゆることを調べ、そこからデザインのヒントをリサーチします。もちろんオリンピックに関しても、これまでの大会や、同じようなエンブレムにならないよう過去のエンブレムについても調べました。
 この時デザイナーがどんな思考回路でデザインをしているかというと、上図(Point1)のように全く見えない頭の後ろの方も含めた360度を見回していろんなものを探してくるようなイメージです。
 視野角は、両眼で100度、それに加えて左眼・右眼それぞれ50度の合計200度くらいが人間の見える範囲になります。新しいアイデアは、見えるか見えないかのギリギリのところにあるので、見える範囲で考えているとなかなか辿り着けないのです。ここにいる皆さんも、何かアイデアを考えなくてはならない場合に「この案はない」、「この方向性はない」というのが自分なりにわかるはずです。ただ、そうすると始めからその点を排除して物事を考えがちになります。「絶対に可能性はないな」と思っていながらも、まずそこを考えてみる。自分の真後ろの見えないところまで探しにいったからこそ、目に見えないものに気がつき、アイデアが生まれるのです。
 2つ目は「発想」、コンセプトです。私の進め方ですが、リサーチし、頭の中にイメージができたところで関連するキーワードをもう出ないというくらい全て書き出し、眺めてみます。その中から自分がイメージしたい単語を1つか2つ選びます。長野オリンピックエンブレムでは「雪の結晶」・「人の輪」・「花」の3つのキーワードを選びました。なぜ言葉に置き換えるかというと、デザイナーはイメージで仕事をしているので右脳中心の思考になりがちです。しかし世界の人々に理解してもらえるデザインを生むには、多くの人の共感を得るために左脳中心の論理的な思考も必要となってくるからです。
 近年この思考メソッドは「デザイン思考」といわれ、スタンフォード大学が開発し、大企業でも新しい商品の開発やニーズを開拓するのに活用されるようになっています。(Point2)
 3つ目は「独創性」、オリジナリティです。ここでは言語化したキーワードを基に絵を描き始めます。長野オリンピックのデザインの場合は、始めに鉛筆で描き始め、そこからアイスダンスの人々が雪の結晶のようにならないかと試行錯誤し、男女が踊っているように曲線やシルエットをつけたりしました。
 ここまで進んだところで会社の上司であるアートディレクターから「花弁一枚一枚が違った方がよい」とアドバイスを受けました。
 そのことを考えていると、「花弁を競技の選手にしよう」とアイデアが出てきて、冬のオリンピック競技のリサーチに戻りました。
 競技の写真などから選手をトレースするところから始まり、そのトレースした紙にもう一枚の紙を重ねて自分なりにデフォルメしてオリジナルのかたちにしていきます。この作業に150枚ほど要して花弁の原案が固まりました。
 作業工程としては、手で描いたものをコンピュータに取り込んで手直しを繰り返していきます。どこに何を配置したら良いか、大きさや角度など何万通りも組み合わせがあるので、バランスをみてベストなものを探します。
 4つ目は「魅力」です。ベストだと思ったものから、さらにブラッシュアップ(磨き上げ)を0.1ミリ単位で微調整します。
 これは皆さんの目にパッと映った時に印象を強くするためのものです。デザイナーによっては、素人にはわからないからと、そこまでの細かい微調整をしないまま作品を出す人もいるようですが、皆さんも、専門家のようにどこがどのようにおかしいかは指摘できなくとも、何となくしっくりこないと感じることがあるはずです。ですから誰もが本当にいいマークだと思って使ってくれるものを最後の最後まで微調整を繰り返した上で、納得したものを完成させないといけないと思っています。だからこそ、作品は最後のブラッシュアップが重要です。(Point3)
 皆さんの仕事でも同じことがいえると思います。皆が「賛成してくれない」というのは、ブラッシュアップが足りないのかなと……。もうひと踏ん張りして、どうしたらもっと良くなるだろうかと手直ししたものを出すと、より共感が得られるものになると思います。
 エンブレム上段の花弁デザインが決まったところで、下段の「NAGANO 1998」の書体や太さを何通りも検討し完成です。
 上段の花のモチーフは左右非対称です。少し曲がっていても気づかないことがあるので、真ん中に棒線を入れ傾きに気づくようにしました。これは、上下段を繋げる効果も狙っています。
 5つ目は「演出」、プレゼンテーションです。完成した作品を採用してもらわなくてはなりません。オリンピックエンブレムの選考は世界中から集ってきたものを一次審査で12案に、二次審査にて7案に、そして三次審査では4案に絞られ、さらにファイナルで3案が選出されます。そこから、世界中の会社などの登録マークと類似していないか弁理士が3カ月間調査します。もしオリンピックエンブレムに対しある会社からクレームをつけられた場合、裁判で勝てるかどうかの判断まで記載された詳細な調査報告書が提出され、問題がなかった場合、3案に絞られたエンブレムから一つが公式エンブレムに決定します。
 こうして長野オリンピックでは私のデザインしたエンブレムが選ばれたわけですが、ファイナルまで残った後に待った3カ月は、本当にドキドキし、痺れました。オリンピック競技では、2位には銀メダル、3位には銅メダルがありますが、エンブレム選考では1位しかないのです。
2位や3位では、一次審査で落選するのと同じことですから……。

デザイン思考を生活に活かす
 これまでみてきた5つの要素①「調査」②「発想」③「独創性」④「魅力」⑤「演出」はどの段階も大切で、どこが欠けても良いデザインはできませんが、特に③の独創性は、「自分なりのかたちでいかに他との差をつけられるか」、④の魅力は、「ブラッシュアップで多くの人に気に入ってもらう」という重要なポイントであり、プレゼンテーションでも大きな力となります。
 最後になりますが、発想を作る時にはポジティブなものをモチーフしなくてはなりません。なぜならば、ネガティブなものでは人々から共感が得られないからです。長野オリンピックのエンブレムでいえば、「雪の結晶」「人の輪」「花」がモチーフで、どれもポジティブイメージのあるものです。皆さんが仕事などで発想する場合も、ポジティブなものであれば、失敗はしないと思います。大きなプロジェクトであればあるほど、ポジティブイメージの重要性が増していきます。
 いろいろと申し上げましたが、デザイナーは決して思いつきでデザインしているわけではなく、思考回路の違いが多少あれども、皆さんの仕事と同じ過程を踏んでいます。ですから、今回の私の話が皆さんの仕事に、そして毎日の生活にお役に立つことがあれば嬉しい限りです。ありがとうございました。

(構成/智山教化センター)