第36回 愛宕薬師フォーラム令和元年6月10日 別院真福寺
密教と環境―密教は地球環境問題にどう向き合うべきか―
講師:東京大学名誉教授 山本良一 先生
6月4日の『ニューズウィーク』で、気候変動により、2050年にも人類は終焉を迎えると報告されています。私は10年以上前から温暖化地獄に落ちると訴えてきました。この問題を解決するうえで必要なのは、まず人々が危機感を持つことです。
2015年は、人類の歴史がマイルストーン(里程標)を超えたといわれています。持続可能な開発目標SDGs(エス・ディー・ジーズ)が国連で採択され、パリ協定で温暖化を抑制するための条約が調印されたからです。
今年5月1日イギリスの議会が環境と気候の非常事態宣言を可決し、2050年までに温室効果ガスをゼロにすると議決しました。スコットランドやウエールズ、アイルランドでも非常事態宣言を可決しています。日本でも門川京都市長や小池東京都知事が、2050年までにゼロにすると宣言しています。今世界では、2050年までに温室効果ガスをゼロにすると、604の自治体(令和元年六月七日時点)が表明しています。
宗教界も行動を
2007年に『温暖化地獄』を出版しました。当時私は、首相官邸において、人類が温暖化地獄に突入するのを防ぐために、温室効果ガスの削減について議論をしていました。比叡山天台座主半田孝淳猊下が、八百年ぶりに高野山金剛峯寺座主松長有慶猊下を訪ねたと報道されていたのはちょうどその頃です。ある宗教者に、「天台座主も金剛峯寺座主も、直ちに温暖化問題を議論し、国民へ伝えるべきではないか。なぜ宗教者はそういう行動を起こせないのか」と話したところ、その話が松長猊下の耳にも到達したようです。
かつて私が東洋大学でシンポジウムを行った際、松長猊下は最前列で私の話を聞かれ、「先生の主張はそのとおりだ、私も行動します」といってくださいました。そして天台宗・真言宗・神社本庁との共催で、「宗教と環境―自然との共生―」というシンポジウムが開催されました。松長猊下の実行力があれば宗教界も環境問題の解決に貢献できるのではないかと思いました。
松長猊下は、当時全日本仏教会の会長として2010年ダボス会議(世界経済フォーラム)で演説され、大乗仏教の利他の精神を具体化していこうと世界に対して発信されています。
環境胎蔵曼荼羅の大日如来とは
価値観の多様性を全部包括して問題の解決を図っていくのが、胎蔵曼荼羅だと思います。私は科学者、そして環境問題の解決の観点から、胎蔵曼荼羅を用いることができないかと考え、「環境胎蔵曼荼羅」を試作しました。特に中台八葉院は、大日如来を中心に、菩提心を発して(宝幢如来)、修行をし(開敷華王如来)、菩提に至り(阿弥陀如来)、涅槃の境地に向かう(天鼓雷音如来)という心の発展過程を四仏が示しています。さらに四菩薩がこの四仏を補佐しています。
これを、環境問題解決に当てはめ、大日如来を、「幸運な宇宙と奇跡の惑星地球」としました。地球は、太陽の周りを秒速38㎞というすごいスピードで回っています。更に太陽も地球とか火星とか惑星を引き連れて、銀河系の周りを秒速200㎞という、ものすごい速さで滑空しています。銀河のいたる所には、光さえ飲み込んでしまうブラックホールがあり、超新星爆発が起こっています。これだけ激しい宇宙の中で、私たちのような知的生命が誕生するまで、地球はよく無事であったと思うわけです。私たちは、きわめて幸運な宇宙と極めて奇跡的な惑星である地球に今生きているのです。
この宇宙は、科学者の観点からも大日如来そのものといえます。松長猊下は、「大日如来とは太陽が大きくなったから大日というのではないよ。大日如来の働きは、あらゆる瞬間にこの全宇宙を闊達しているんだよ」とおっしゃられました。これはまさに科学者がいうところの宇宙法則に当てはまります。
これだけ広大な宇宙であっても、知的生命が出現する確率はものすごく小さいわけです。奇跡的に私たちは誕生しているのです。私が驚くのは、空海にしても最澄にしても、そこを理解していたと思うのです。「人身受け難し今すでに受く。仏法聞き難し、今すでに聞く」とありますね。私たちが人間として生まれることは非常に難しい。更に仏の教えにあうことも難しいのに、仏の教えに出会ったと。仏法に出会ったのだから、今、生きている間に悟りを開こうという、すごく素晴らしいことだと思います。私たち科学者も同じ考えで、膨大な宇宙の中に、生命の誕生と進化を許す幸運な宇宙に生まれて、38億年の時間をかけて、それを理解できる知的な生命が誕生していると考えます。
環境胎蔵曼荼羅の四仏・四菩薩
環境曼荼羅では四仏として、惑星スチュワードシップ(Planetary Stewardship)、環境マネージメントシステム(EMS=Environmental Management System,ISO14000)、共生、社会的責任(SR= Social Responsibility, ISO26000)を取り上げました。先ず地球全体についての管理経営責任(惑星スチュワードシップ)を深く自覚し、環境マネージメントシステムを実践し、人間と自然、人間と人間、現在の世代と将来の世代間の3つの共生の倫理を身に付け、広く社会的責任経営を実践することが求められるのです。すなわち四仏の働きとして、「惑星スチュワードシップ」で発心し、「環境マネージメント」で修行し、「共生」の倫理を身に付けて菩提を得、あらゆる組織経営は「社会的配慮、環境的配慮」を行いながら実践するという境地に到達することが涅槃であると、環境科学の面から考えました。
この四仏を補佐する四菩薩の役割は、まず、「気候変動パネル(IPCC)」。国連で科学者と政府の代表者が、気候変動を抑えるための議論をし、報告書を出している組織。次に「資源パネル(IRP)」。科学者集団で、資源を永続的に使うための議論をしている組織。次に「生物多様性パネル(IPBES)」。科学者が動植物を如何に保全するかについての議論をしている組織。もう一つは、「倫理パネル(IPE)」。これは現在まだ確立されていませんが、気候変動、資源、生物多様性の集団だけでは不十分だと考え、哲学・倫理・宗教の専門家を集めた国際的な機関を作るべきだと思っています。これが中台八葉院における環境胎蔵曼荼羅の考え方です。
温暖化は現実なのか
50年前、私が学生の頃と現在では、毎年発表される学術論文や本の数が違っています。当時は毎日百程の論文しか発表されていませんでしたが、現在は物理だけでも千を超える論文が発表されています。そこで科学者集団が結成され、科学者同士が協力して議論を重ねているのです。多くの科学者が集まり膨大な論文を議論し、地球温暖化が進行していると結論しているのです。しかし寒冷化で氷河期がくるという人がいます。これは太陽の周りを回る地球の軌道が楕円軌道になるためです。温室効果ガスがあると、地球に毛布をかぶせるようなことですから、氷の発達は妨げられてしまいます。つまり氷河期は遠のいてしまうのです。あと5万年たっても次の氷河期は来ないと考えられています。
温暖化の何が問題なのか
今から1億年前の白亜紀にも、火山の大噴火による温暖化があり、地球の表面温度が5℃上がりました。しかし数百万年かけて気温が上昇したため、動植物は適応できたのです。5600万年前にも5℃上がっていますが、この時も数千年かかっているので、ほとんどの生物が適応しました。ところが現在の温暖化は百年で5℃上がるのです。つまり今私たちが引き起こしている温暖化は、短期間での急激な気温の上昇により、ほとんどの動植物がこれに対応できないだろうと考えられていることが問題なのです。
温暖化で4℃気温が上昇すると、ニューヨークやインドのムンバイ、オーストラリアのシドニーでは海面水位が上がり、海面下に水没してしまいます。上海やロンドンでは2℃上昇で川の水が氾濫、街は水浸しとなります。
この10年間で急速に進化してきたスーパーコンピューターによって、地球温暖化の影響が解明されつつあります。昨年発表された研究によれば、地球温暖化の影響がなければ、熊谷市の41.1℃という猛暑はあり得なかったと結論づけています。地球温暖化の影響だと科学的に証明されたのです。
温暖化による被害
昨年の7月、熊谷市で41.1℃を記録し、本年五月は北海道で39.5℃を記録しています。昨年の7月の猛暑で国内では千人以上が熱中症で亡くなっています。世界で同様のことが起きており、オマーンでは昨年一日の最低気温が42.6℃を記録しています。インドでは2016年の干ばつで3億3千万人に影響が出ています。温暖化が起きると動物は涼しい所へと移動し、3千種類の動物が高い山や北へと移動しています。
南極大陸では、夏になると氷が解けることによって700もの川・池・滝が現れます。3兆トンの氷がすでに失われ、そのうち40%は過去5年で失われたと報告されています。今年二月には、南極大陸のスウェイツ氷河に巨大な穴が発見されました。文京区の面積の四倍。高さ300mの巨大な空洞です。240億トンの氷が入る大きさです。この氷が解けたことが海面の上昇につながっています。最悪の場合あと30年で全世界の沿岸部で10億人が住居を失い難民化するとの報告もあります。温暖化が進んで食糧不足や海面上昇で難民がでれば、他国へ移らざるを得なくなる。他国へ移動すれば、必ず政治的緊張が起こり、戦争が起こるともいわれています。
温暖化が国民に浸透しないのは
科学者がなぜ本当のことをいわないのかが問題です。科学的な知見は、あくまでも仮説でしかないので、膨大な証拠があっても絶対的真理とはいえないのです。ですから必ず言葉を濁し、保守的な立場に立つ科学者が多いのですが、これでは人類を絶滅に追い込むことになってしまいます。私も反省していますが、私たちは今、気候の非常事態に直面している。私たちは修復不能な災厄を作っている。私たちは数十億の人々の死と人類文明の崩壊のリスクを冒している。と、国民に伝えなくてはならないのです。
日本の場合はメディアが完全に引いてしまっています。昨年IPCCの1.5℃特別報告書で、2030年頃にも1.5℃を突破すると結論づけられているにも関わらず、それによって何が起こるか報道されていないのが現状です。
温暖化を止めるには
どうやって温暖化の問題を解決するのか、一つに「ダイベストメント」があります。これは化石燃料系会社の株を売却し、再生可能エネルギーを扱う会社の株を購入するということです。すでに全世界で8兆ドルのお金が動いています。ニューヨーク、パリ、ロンドンも昨年から始めています。私も去年小池東京都知事にダイベストメントを勧め、化石燃料への投資から撤退すべきだと伝えましたが、その時は聞き入れてもらえませんでした。しかし今年5月21日に東京都は2050年までに温室効果ガスをゼロにすると宣言され、東京都はESG投資(環境environment、社会social、企業統治governanceに配慮している企業を重視・選別して行う投資)でアジアを先導すると発表されました。
ケンブリッジ大学等、世界の六十を超える大学がダイベストメントを始めています。日本の大学ではまだ一校もありません。みずほ・三菱UFJ・三井住友も化石燃料への投資から撤退し、日本生命・第一生命は新たな石炭プロジェクトへの融資は中止しています。ぜひ智山派さんもダイベストメントを始めてください。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、炭素効率の優れた企業に重点投資する新たな運用を始め、1.2兆円を投じています。
毎年年末には、エコプロダクツ展示会が開催されています。そこではいろんなエコ製品が公開されています。私たちが日々環境問題に対してできることは、環境に徹底的に配慮した製品・サービスを使うようにし、それを普及させる以外にはないのです。
16歳の少女グレタトゥーンベリさんが一人で気候ストライキを行ったことが世界中に広がり、全世界の小・中・高生が、金曜日に授業を休みストライキをしています。3月15日には世界で150万人。5月24日は180万人。そして9月20日にも予定されています。しかし、この気候ストライキはやめさせなければなりません。私は東大紛争世代なので、デモでは社会は変わらないということがわかっています。このまま子供たちがデモを続けると、教育上の問題も生じてきますし、非難する人もでてきます。お金も続かなくなります。ですから、早く、子供たちの気持ちをくんで、大人が動かなければならないのです。
イギリス政府・アイルランド政府が、気候非常事態宣言をしています。日本も一刻も早く、環境と気候の非常事態宣言を議決すべきです。国民は今あまり関心がない状態ですが、仏教界の皆さま方には、温暖化により地球が今本当に非常事態にあるということを檀信徒、国民に伝え、更に自治体や国を動かす行動を起こしてください。国が動けば、国民全体が動くことになります。