令和元年度 現代宗教研究室「儀礼の研究」開催報告

常勤教授 田村宗英 

 去る令和元年十一月十一日(月)、現代宗教研究室主催の研究会「儀礼の研究」―ネパール編を開催しました。

 総合研究テーマ「伝統の創造」に現代的かつグローバルに取り組むため「儀礼の研究」を平成二十九年度より行ってきました。一年目は青木保著『儀礼の象徴性』の輪読、二年目は各々の担当者がテーマに準じた論文等を持ち寄り批評、三年目は前年度の形式に加え、外部講師を招聘し、幅広く「儀礼」について学ぶ機会を持ちました。

 今回、種智院大学人文学部仏教学科教授のスダン・シャキャ氏を講師にお迎えし、紹介されることの少ない「ネパールの仏教儀礼」について講義して頂きました。スダン氏はネパール出身で、専門は密教を中心としたインド・チベット・ネパールの思想と儀礼の研究です。

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ルンビニーのアショーカ石塔

 まずスダン氏は、資料を提示しながらネパールの成り立ちや地理関係の概要、また釈迦生誕地のルンビニーは、現在のネパール南部ルパンデーヒー地区にあり、観光聖地として発展しつつあること等を解説。

 続いて、ネパール仏教の歴史に触れ、十四世紀のジャヤスティティ王時代、仏教社会にもカースト制度が導入されたという。それまでは誰でも出家することができたが、世襲制と変化し、現在に至るまで僧侶も含め施主(檀家)も世襲制であると話された。

 現在、ネパールにおける仏教は大別すると①テーラヴァーダ(上座部)仏教、②チベット仏教、③ネパール仏教の三種類だという。③ネパール仏教はインドから伝わった大乗仏教・密教の伝統を継承しており、ネパールで独自に発展してきた仏教で、ネワール語を母語とするネワール人がその担い手であることから、ネワール仏教とも呼ばれる。ネパール仏教の特徴は、バハー、バヒーと呼ばれる寺院を中心に組織化されている点で、カトマンズ盆地だけでも四百余り存在するという。その中でもパタン市のゴールデン・テンプルはネパールを代表するもので、スダン氏もここに所属している。本尊は触地印を結んだ釈迦如来もしくは阿閦如来で、読誦される経典は『般若経』、『法華経』『華厳経』など大乗経典が中心だが、朝夕の勤行では『ナーマサンギーティ』や『無量寿陀羅尼』も唱えられる。また、スダン氏は宗祖弘法大師の入定信仰と類似している例として本尊の「洗顔式」を挙げ、写真と動画を示して説明した。本尊は生きているものとして丁寧に扱われており、担当の信者が早朝四時に布団から起こして洗顔、そして食事の提供、夜には布団をかけて寝かせる。特に、早朝の「洗顔式」は寺院の一日が始まる儀礼として多くの信者が功徳を求めて集まるという。

 また、ネパールでは人生の節目に行う通過儀礼が①懐胎式、②懐妊式、③健康祈願式、④誕生式、⑤命名式、⑥お食い初め式、⑦出家式、⑧受戒式、⑨還俗式、⑩結婚の十種類あるが、④⑤⑥⑩は男女共通、①②③は女性のみ、⑦⑧⑨は男性のみの儀礼だという。

出家式

 さらに、長寿者は尊い存在であると見做され、日本でいう喜寿や米寿、白寿をお祝いする「長寿祝賀儀礼」がネパールにもあるといい、動画を示しながら解説された。

 最後に、スダン氏はネパールで特徴的な宗教文化の一つとして「生き神クマリ信仰」を挙げられた。クマリとは、少女・娘という意味でネパールでは未婚の女性を指すこともあること、また仏教家系から選ばれた少女をヒンドゥー教と仏教それぞれの立場から「生き神」として崇拝する信仰であると解説されて、講義を終えた。

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 ネパールの仏教儀礼、さらに人生の節目に行われる通過儀礼について、日本との共通点がある一方、ヒンドゥー教と混交している部分もあることから全く日本とは違う側面も紹介していただきました。

 本尊に対する「洗顔式」を含め一連の儀礼は、宗祖弘法大師の入定信仰に類似していますが、食事だけではなく起床・洗顔・就寝まで行うことに驚きを覚えるとともに信仰の篤さを実感します。

 また「生き神クマリ信仰」についてはクマリとなった少女が成長後、実生活に馴染めない弊害も指摘されています。伝統的な宗教文化とはいえ、一考する必要があるかもしれません。

 今回で三年間の研究を終了しますが、様々な形の「儀礼」を学んだ成果を各々の研究に活かしていきたいと思っています。