教化センター

愛宕薬師フォーラム報告

第28回 愛宕薬師フォーラム平成29年6月23日 別院真福寺

臨床宗教師・傾聴・儀礼―《幽霊》への対応から考える―

講師:東北大学大学院文学研究科教授  高橋 原 先生

〈はじめに〉

 現在、「臨床宗教師」の育成という事業に携わっていますが、私は元々、東京大学でスイスの心理学者ユングの研究をしていました。2012年までは東北とは縁も所縁もなかったのですが、東日本大震災の被災地支援のために東北大学が「臨床宗教師」の育成事業を始めることになり、仙台に赴いたのです。私は僧侶ではありませんし、幼少のころから仏壇も神棚もない家で育っておりましたので、冗談で「私は無宗教です」と自己紹介することもあります。ただ、好きになって結婚した相手が、たまたまお寺の娘だったので、今では得度もしております。
 
本日は、「臨床宗教師とは何か」ということと、東日本大震災の被災地における「宗教者が行う心のケア」、この二つを中心にお話しします。

〈日本型チャプレン「臨床宗教師」〉

 「臨床宗教師」とは、災害の避難所や病院、福祉施設などの公共空間で、人々の苦悩や悲嘆に向き合い、心のケアを提供することができる宗教者です。このケアは宗教者としての体験、祈りや儀式をとおしてするものですが、「布教を目的としない」というのが重要な特徴です。また、「臨床宗教師」に求められることは、「心のケアをする」のではなく「心のケアになる」という観点です。
 「臨床宗教師」を提唱された医師の岡部健(たけし)氏、彼は五年ほど前に亡くなりましたが、宮城県名取市で在宅緩和ケアを行っていました。「臨床宗教師」の役割について次のように仰っています。

「戦後の日本では、宗教や死生観について語り、暗闇に降りていく道しるべを示すことのできる専門家が死の現場からいなくなってしまいました。人が死に向かい合う現場に医療者とチームを組んで入れる、日本人の宗教性に相応しい日本型チャプレンのような宗教者が必要です」

 この日本型チャプレンを想定して提唱されたのが「臨床宗教師」なのです。チャプレンは、欧米では「病院付の牧師」といわれます。簡単にいいますと、病院で、なんでも話を聞いてくれる宗教者のことです。患者だけではなく、病院のスタッフの相談も受けます。実際にアメリカの病院では、チャプレンを導入したら病院スタッフの離職率が減少したという例もあったそうです。

〈宗教者としての「傾聴」〉

 さて、「日本型チャプレン=臨床宗教師」で重要となるのが「傾聴」という行為です。字のとおり「耳を傾けて聴く」ということですが、ただ単に熱心に聴くのではなく「相手のいうことを受け止めながら話を聴く」ことが大切です。人は尊厳に触れる深い場所まで潜ってそれを汲み上げないと、心が落ち着かないようになっています。ただ、ある医師は「傾聴」だけでは心の隙間は埋まらない、といってます。全神経を集中させて相手の話を聞いたら、今度は、自らの存在をかけて「ことばの処方箋」を出すのだそうです。「ことばの処方箋」は、宗教者がもっとも得意とするところではないでしょうか。
 
さらに宗教者には医師よりも有利な面があるのです。医師の奥野修司氏は『看取り先生の遺言』という著作のなかで、次のように書かれています。

「被災地に行きますと、被災した人たちは医者である私なんかより一緒にいる若い頭を丸めたお坊さんの方に行っちゃいますからね。何よりも横で一緒に話を聞いておりますと、医療職やなんかに話す内容と全然違うのですよ。おそらくもっと奥深いところの訴えを宗教者の方に投げかけているんだな、と実感させていただきました」

 被災地の方々の奥深い心の訴えを受け止める……いや、その前の段階で医師には、そのような深い心の訴えを投げかけてくれない、と医師が認めているわけです。
 宗教者は自信をもって対応していただきたいと思っています。冒頭で「臨床宗教師は布教を目的としない」といいましたが、それは、宗教者が心理カウンセラーの真似事をする、ということではありません。大事なことは、宗教者は宗教者として立ち振る舞い、対応することなのです。それを、被災地の方も求めていることでしょう。布教は目的ではありません。けれど結果として布教になってしまうことは多々あると思います。

 それでは、実際のところ、「臨床宗教師」は、医師やカウンセラーと異なる、どのような領分で役割を担うのでしょうか。英国人医師のシェイラ・キャシディ氏の図を使って解説しましょう。

 4つある絵の左上の絵は医師と患者です。医療器具があり看護師もいます。「医師」という権威のもとに患者に接しています。患者も黒い上着を着ています。左下はカウンセラーと患者です。カウンセラーには権威の象徴はなくワイシャツだけです。自分の言葉で、その場で対応していかなければなりません。ただ、患者は、医師の時と同様に黒い上着を着ています。

 右上は宗教者と患者です。宗教者は祭服を着て、宗教的権威のもと患者と接していますが、患者は上着を脱いで、左2つの絵よりは心を開いているようです。右下は、スピリチュアルケアと書いてありますが、「臨床宗教師」の目指すところです。宗教者も患者も裸で、あらゆる権威はここでは通用しません。心と心で向き合っている図です。

 「臨床宗教師」の領分は右上下2つの絵です。臨機応変に裸になったり、祭服を纏ったりして、患者の心のケアを考えるのです。

〈大震災と「心のケア」〉

 次に、二つの大震災の文脈から宗教者と心のケアについてお話したいと思います。1995年の阪神・淡路大震災はボランティア元年といわれますが、心のケアの概念もこの時に登場しました。2011年の東日本大震災では、阪神淡路大震災の教訓を踏まえ、大勢のボランティアが被災地支援に駆け付けました。宗教者も、素性を明らかにして活動して、評価されたのです。心のケアの概念も拡大し、宗教者が心のケアをして当然といったような風潮が広まっていったのです。
 そのような情勢のなかで、「臨床宗教師」養成の歩みは始まったのです。2012年4月に東北大学実践宗教学寄付講座が設置され、「臨床宗教師」の養成事業が開始されました。約3ヶ月で100時間の座学・実習の研修があります。現在までに152名が研修を修了され「臨床宗教師」になっています。この流れは、愛知学院大学、高野山大学、種智院大学、大正大学、鶴見大学、武蔵野大学、龍谷大学等へも波及し、現在、全国で約200名の臨床宗教師が誕生しています。昨年2月には、「日本臨床宗教師会」も発足しました。今年6月の衆議院厚生労働委員会では「臨床宗教師」について厚生労働大臣に質問した議員もいました。少しずつですが、着実に認知度は高まっていると感じています。
 
ここで一度、「臨床宗教師」についてまとめたいと思います。「臨床宗教師」は、布教を目的としない、価値観の押し付けをしない。このことを前提としながら、宗教者としての特性をいかして、心のケア(傾聴、スピリチュアルケア、宗教的ケア)を提供するのです。宗教者としての特性は、個人の資質というよりは、地域文化のなかで宗教(者)がどのようなものであると見なされているか、に左右される部分が多いと思います。つまり、「お坊さん」が尊敬されている地域では、僧侶によるケアがより有効なものになるのでは、と想像します。
 「臨床宗教師」に関しては、そろそろ終わりにしたく思いますが、最後に医師であり真言宗(豊山派)の僧侶でもある田中雅博師がNHKの「クローズアップ現代」で述べていたことが印象的だったので紹介します。田中先生は今年の3月に亡くなられました。

「自分の人生において何が価値があるものなのか、気づかないで持っている場合もあるので、それを気づいてもらう手助けをする。自分のいのちを超えた価値。そういうものがあったら、それがその人の宗教。本人が自分の話をしているうちに、自分の本質がわかってくる。そのためにそれを促すように傾聴する。そして、そこに本人が自分の人生に価値を見いだす。ですから、医療現場には臨床宗教師がほしい」

 患者に何かを伝えることが大事なのではないのです。患者本人が大切にしていることを一緒に考えて支える。とはいえ、時には宗教者に宗教的なことを語ってもらいたいこともある。その時に有効な言葉を持っているのが「臨床宗教師」なのです。

〈心霊現象と宗教者〉

 では、後半は東日本大震災の被災地における宗教者が行う心のケアを「心霊現象への対応」の面からお話しします。
 東日本大震災後の幽霊譚報道の最初は産経新聞でした。2012年1月18日付で、「お化けや幽霊見える」心の傷深い被災者 宗教界が相談室―という見出しで記事を挙げました。以降、大手新聞が記事にしていきますが、どれも怪談話の類ではなくて、遺族の思いとしての「会いたい幽霊」という文脈でした。そのなかでも、印象的で今でも涙が出てきてしまう話があります。当時、閖上中学校一年だった息子を亡くされた母親の話です。
 
息子さんの公太くんは、サッカーをしていたグラウンドで津波にあい、必死に走って逃げましたが、のみこまれてしまい……。2週間後に閖上中学校の入り口近くの瓦礫の中から遺体で発見されたそうです。

5月に公太くんの葬儀を終え、6月に一家は仮設住宅に入居。すると、ある噂が耳に入ってきた。

「『閖上に、夜中、走って逃げる幽霊が出る』というものでした。私は何度か、主人や娘には内緒で、夜中にこっそり見に行きました。『幽霊でもいいから、公太に会いたい』と思ったんです。そこに公太がいるなら、『もう走らなくていいよ。無理しなくていいよ』って言ってあげたくて。走るのが大嫌いな子でしたから。でも……いませんでした。真っ暗で、静かで、風の音以外は何も聞こえなかった」

 何故、被災地で幽霊が出るのでしょうか。いや、何故、幽霊が見えるのでしょうか。私はいくつかの要因が関係していると思います。
 
ひとつには、さまざまな心理的不安、ストレスの文化的表現としての心霊現象です。また、死者に対する言うに言われぬ思い(survivor’s  guilt)が幽霊を出現させる場合もあるかもしれません。さらには、必ずしも霊的ではない、さまざまな不安―生活の不安、家族関係、金銭トラブル等―が心霊現象を引き起こす可能性もあります。そして、被災地特有の問題も考えられます。今回の大震災では津波の被害が甚大でしたので、行方不明のままの被害者が多く、火葬という区切りをつけられなかった。このことは幽霊現象に大きく関係していると考えます。
 では、被災地で宗教者は、このような心霊現象の悩みをもつ相談者に、どのように対応してきたのでしょうか。
 
最初に、浄土真宗の僧侶のお話しをしましょう。その僧侶は遺体安置所となったボーリング場で、毎日のようにお経を唱えながら、夜は管理人をしていたそうです。すると、お寺に戻ってもご遺体の姿が頭に浮かんで消えなくなったそうです。さらには、あきらかに自分の部屋に誰かが入ってくるのを感じるようになったのです。その僧侶は、霊の存在を感じ、そして、その霊を弔うための葬式の重要性を強く実感したそうです。私は詳しくないのですが、浄土真宗の教義とはおそらく相容れませんよね。それほどまでに強烈な経験だったのでしょう。
 これも他の浄土真宗の僧侶の話なのですが、「金縛りにあうから除霊してくれないか」という方がお寺に来たそうです。その僧侶は「浄土真宗で除霊を行うことはない。そもそも霊は仏教の考え方に馴染まない」という対応をするのではなく、「親鸞さまだったら、どんな対応をされただろう」と考え、徹底的に「傾聴」を行ったそうです。リスクの少ない対応だとは思いますが、「除霊」という言葉を持ってきた相談者には、「傾聴」も大切ですが、それよりも、お経を唱える等の宗教儀礼のほうが響くように個人的には思います。

 また、精神疾患の相談者が、ふと「そういえば、家を建てた時に地鎮祭をしていなかった」と思い出し、地鎮祭をしたら疾患が治った、という話もあります。どうして、この方の病気は治ったのでしょうか。神仏の力の賜物でしょうか。もしくは宗教者の霊能力、神通力のおかげでしょうか。それとも、たまたま自然に治ったのでしょうか。

 私は3番目の「たまたま、自然に……」だと思います。実はここに宗教者の眼力が期待されるのです。熟柿落ちる時を見極めるように、傾聴を重ねて信頼感を得ていれば、宗教的儀礼を行う一番いいタイミングがわかるはずです。相談者に傾聴と併せて宗教儀礼を行えるのは「臨床宗教師」ならではです。ただ、これは短期間で可能となるものでないと思います。その相談者を見捨てずに支え続けるという宗教者の覚悟が試されるのです。
 心霊現象のような「霊」にまつわる相談が持ちかけられる時は、宗教者としての役割を期待されているはずです。その時に教義的立場から「心霊現象」の訴えを極端に忌避、拒絶せず、いわば「自然」経験として受け入れることが大切です。
拒絶的態度をとると、不安を打ち明ける相手がいなくなり、孤立して、「霊」への対処方法を知っていると「自称する人物」に依存しやすくなるから危険です。ただし、「幽霊がいる」ことを肯定する必要はないと思います。
 常に客観的に冷静に対応し、宗教者として相手を救う立場にいるといった満足感、高揚感に飲み込まれないようにするべきです。

 「幽霊」「心霊現象」という形で表現されている不安の正体を見極め、不安を抱えているその人を見て、傾聴して、スピリチュアルセンスを磨くことが重要なのです。

(構成/智山教化センター)