教化センター

愛宕薬師フォーラム報告

第39回 愛宕薬師フォーラム令和2年11月4日 別院真福寺

「心を豊かにする人の感覚~生きる力とウェルビーイング~」

講師:NTTコミュニケーション科学基礎研究所人間情報研究部上席特別研究員 渡邊 淳司 先生

はじめに

 私はもともと工学部出身で、現在は人の「触れる感覚」と新しい情報環境がどのような関わりをもつのかを研究しています。最近は、多様な人々が一緒に暮らしていくにはどのようなことが必要になるのかを、実験をとおして検討しています。たとえば、盲学校や小学校など教育の現場で、目の見えない方々と我々はどうやってコミュニケーションをとっていけば良いのか、といったことです。また、本日のテーマとなっている「ウェルビーイング」を、どうやって一人ではなく周りの人々とつくり上げていけるのか、特に「触れる」ことで他者との関係をより良くすることでウェルビーイングを促進する研究をしています。所属がNTTという通信会社ということもあり、人と人を繋げる、繋がっていくための支援をしていけたらと考えています。本日は「触覚と通信」「情報環世界」「ウェルビーイング」の三点を軸にお話します。

触覚と通信 

 まず始めに、触覚(触った感覚)と通信についてお話します。人と人とのつながりは“触れる”ということが重要だという考えのもと、映像や音以外にどういう情報を伝えていけば人と人との関係性が豊かになるのか、ということを考えています。
 触覚は、視覚や聴覚とどのような違いがあるのでしょうか。視覚や聴覚は遠くのものを認識するための感覚で、自分が触れていなくても認識が可能です。しかし、実際に触れていないので、本当にそれがあるかどうかは確証が持てません。一方で、触覚は直接触れることでその存在を確かめられます。加えて、触れることで安心感、信頼感などを感じることができる「情動反応」を引き起こす感覚でもありますので、触覚は人と人との関係性や感情と深い結びつきを持っています。この触覚とそれによって引き起こされる心の動きを、遠くの人に伝える方法を私は考えています。
 その活動の中で私は「触文化(しょくぶんか)」を作りたいと考えています。視覚や聴覚の分野では、絵画や音楽など人の心を動かす方法論があります。それを触覚にも広げたいと考えていて、その実例を紹介いたします。

 「心臓ピクニック」という装置で、普段触れることができない心臓の鼓動を触覚として感じられるものです。この体験により、命って何だろうという問いや、生きている感覚を触覚で実感し、確認できるようになります。とある有名スポーツ選手にも体験してもらったところ「普段から自分の鼓動は状態を計るうえで意識しているので、自分のコンディションを確認する新しいかたちだね」という感想がいただけました。このように、自分が生きていることを触感として伝えられる装置を開発しています。この“自分が生きている”ということを、通信技術をとおして実感として伝えられることが重要だと考えています。

 次に、双方向で遠くの人との触覚コミュニケーションを可能にした例を紹介します。
令和二年の九月に行われたフェンシングの全日本選手権(コロナウイルス感染防止のため一切観客を入れずに開催)で行ったもので、決勝戦へ向かう選手のひとり(一児の母)に試合会場に用意した画面をたたいてもらい、その振動を、映像とともに別の会場にいる息子へ画面越しに届けるというものです。コロナ禍で直接会場に行き応援ができない状況でも、試合直前に触れ合うことを可能にし、結果的にその選手は優勝します。家族と新しいかたちで触れ合え、そして喜びを共有できた好例です。

情報環世界

 次に、「情報環世界」についてお話しします。
 まずは「情報」という言葉についてですが、情報には主に二種類の使われ方があります。一つは、機械にとっての情報で、もう一つは生命にとっての情報です。機会にとっての情報は、○○メガバイトといった形で、受け取る人によってその情報量は変わりません。一方、生命にとっての情報は、同じひとつのデータだとしても受け取る人にとって価値が変わるものです。そのうち、私たちが生活する中で重要としているのは生命にとっての情報です。目の前にいる人に大事なことをどう伝えるのか、どう一緒に行動していくのか、受け手側にとっての内容というものをよく考えることが大切だと思っています。

 続いて「環世界(Umwelt)」についてですが、この言葉はもともとドイツ語で、私たち生物は閉じた世界に生きているということを表しています。わかりやすく説明すると、蜂の環世界では、花の蜜など 自分に重要な情報が光るように目立って知覚されますが、人間の環世界では、色や形などの環境は、まんべんなく識別することができます。したがって、蜂の環世界と、人間の環世界は全く違うものであることがわかります。

人間の環世界/蜂の環世界

 また、同じ人間でも、目の見える方と見えない方では環世界は全く異なり、違う環世界に生きている中をどう超えてコミュニケーションをとるかが重要になります。さらに、コミュニケーションにおいても、人はそれぞれの環世界の中で考えていることの一部だけを言葉にしていますので、会話が成り立っているようにみえても、考えや意図が通じているとは限らないということがあり得ます。他人の環世界は覗くことができないので、どうやってそれを推測していくかが重要になりますし、推測することも難しいとすると、一緒に何かをするという行為が重要なのかもしれません。
 そういった視点で、目の見えない方と一緒にスポーツを行ってきました。そのひとつに、「ブラインドラン」というものがあります。目の見えない方が、目の見える方が持つロープを掴み、引っ張ってもらい一緒に走るというものです。目の見える方はガイドのような役割ということになります。実際に私も目をつぶって引っ張られる側をやってみました。目をつぶって歩くぶんには、つま先の感覚を頼りに安全に進むことも可能ですが、走るという行為になるとそれが困難となります。ですので、安全かどうかはガイド側にすべて任せることになります。自分は目をつぶったまま、走るという行為に専念し、安全確保はガイド側に完全に委ねます。そうすると、二人で一つのシステム、生き物のようになります。私はこの感覚に心地よさを覚えました。自分の制御が一人だけではなく、他人にまで広げて感じられ、自分を委ねる感覚が得られました。是非体験して実感していただきたいと思います。
 このように、二人で一つのことを行う、という行為そのものが、相手と一つの生き物になって世の中を生きていく感覚や、「私」ではなく「私たち」として生きていることを思い起こさせるような体験となります。このようなことを、特に目の見えない方とスポーツをすることで実感するようになりました。
 それは単に情報を正しく伝えることではなく、他者と一緒に楽しむ共同行為に変換するということでもあります。一方が教える、他方が教えられるという考え方ではなく(目の見えない方がいわれたとおりに身体を動かして終わりということではなく)、一緒に楽しむことをとおして新しい場を作り、そのことから他のことも同じように一緒にできるかも、という実感を生み出すことを目標としています。
 これらの活動をなぜ行っているかというと、ウェルビーイングをつくり合う共生社会を考える上で、身体的想像力と、他者と共同で何かを行うときの創造力というものがとても大切だと考えているからです。

ウェルビーイング

 今までのお話を通じて、本日のメインテーマである「ウェルビーイング」について話していきます。
 「ウェルビーイング」という言葉は、実ははっきりとした日本語の翻訳がありませんが、一般的には、健康で良い状態や幸せな状態、などと訳されています。
 この「ウェルビーイング」について、もっと皆さまに知ってほしいと考えています。現在の高齢化や少子化が進む中で、生産性や効率性といった経済指標のみで解決できる問題は少なく、経済性と両立する新しいものさしが必要であると考えているからです。そのものさしを共有し、働きかける仕組みや評価法が求められています。その重要性から、海外では、国家予算にウェルビーイングを入れている例もあります。
 日本の人口の推移を見ると、現在は減り始めている最中です。今後も人口は減っていく一方なので、基本的に経済状況は良くなりません。そのなかで同じような考え方や指標で計り続けていて意味があるのだろうかという疑問が、ウェルビーイングがさまざまなところで取り沙汰されている背景です。こういった状況の中で、私たちは一体何を「良い」とするのかを確かめる必要があります。

 一言に「ウェルビーイング」といってもいろいろな形があるとされ、大きく三つに分けることができます。(右図参照)
 人によってどのような状態が良いか、自分にとってのウェルビーイングの形はさまざまです。対して、経済指標はものさしが外にある点で異なります。例えば「円(お金の単位)」というものさしは誰にとっても共通の、同じ単位で計れてしまいますが、ウェルビーイングに関しては人それぞれ感じ方が違います。外にものさしがあるのか内にものさしがあるのか、ということが大きな違いなのです。
 生活の満足度に関する調査(あなたは今幸せですか、などの質問を行う)では、五十年前と比べると経済的な豊かさは上昇していますが、生活満足度は変わっていません。これは、経済的な成長に力を注いできた反面、心の問題には関心がなかったからだと考えます。人生満足度を各国で比較すると、日本はとても低い結果が出ています。私たちの課題として、ウェルビーイングを考えていく中で、今までと違う計り方や方法で満足度を考える必要があると考えています。

持続的ウェルビーイング実現のための三つのステップ

 次に、持続的なウェルビーイングを実現するために私が考えている、三つのステップについて紹介します。
 まず、自分にとって何が大切なのかを知り、他人にも伝え、見える化する。次に、今の状況で自分にはどんなことができるのかという選択肢を作り選んでいく。そして、自律的に主体性を持ってそれを行動に移す。というものです。「見える」→「選べる」→「やれる」というステップでして、簡単なように思えて、なかなか難しいことでもあります。
 まず「見える」ということについてですが、自分の心身の状態変化の傾向を知り、良い状態を実現するために自分を対象とした研究をするということで、自分にとってのウェルビーイングが良くなるための取り扱い説明書を作るというイメージです。
 ウェルビーイングの要因は、文化によって異なることが知られています。欧米と日本のウェルビーイングの価値観は違い、欧米では、自分に与えられたギフト(才能)を開かせる、発揮させることが重要であり、日本では、他者との関係性の中で調和を感じながら自分が貢献していくことに価値を見出します。このことは民族間だけでなく、職業によっても違いますので、自分に合うウェルビーイングを見つけることが大切です。
 次に「選べる」ということについて、当たり前ですが自分の身体は完全にはコントロールできません。しかし、身の回りのいろいろなことを感じ取ることができるという点では、自身はもっとも身近な他人であると私は考えています。そのもっとも身近な他人が何を感じているのかということをもっと詳しく知る必要があります。
 身体は生まれてからいろいろなものに反応してきた履歴が蓄積されています。また、その身体がどう反応するか、環境を感じる信頼できるセンサーともいえます。私たちの脳には無意識的なものと意識的なものの二つシステムがあると言われています。意識的に考えていることと身体が感じていることは必ずしも同一ではないので、身体が感じていることをどれだけ聞き取れるか、意識側が身体を制御するのではなく、お互いに関わり合いながら、ひとりの人間として捉えるような考え方が大切になります。
 自分が何を感じているのかを考えたときに、私たちは人とのコミュニケーションを判断の道具として使用します。自分だけで見える部分で判断するのではなく人から見たときにどういう状態かを一緒に把握し、選択していくことが必要です。
 最後に「やれる」についてお話をします。ウェルビーイングをとおして、他者と一緒に何かをしていく、それについて考えていくということで、特徴的なワークショップを行っているので紹介します。四コマストーリーボードというもので、四人一組で行います。紙を四つ折りにしてマスに番号を振り、まず初めにひとりが自分の抱えている問題を一番目のマスに書き込みます。次の人が二番目のマスに、次の人は三番目のマスに…と、問題を解決するために起承転結も考えながら書きこみ、最後の人が四番目のマスに最終的な解決方法を書きます。自分が書いた問題を残りの三人で考え解決していくことで想像し得なかった結論が出てくることもありますし、相手にとって何が良い方法なのだろうと考え合うこともできます。

まとめ

 ウェルビーイングを広めるためには、専門家だけが政策として考えていくのではなく、より多くの人が日々の暮らしの中で自分や他人のウェルビーイングを共有しながら話せる場を作ることが大切です。そういった意味では、お寺がその役割を担える可能性は十分にあると思います。そのときにツールとなるのが、人と人のつながりをスムーズにする触覚に関する共同行為や通信技術です。これからも、人と人との関係性を豊かにするための方法や場所も考え、役に立つ活動を続けていきたいと思っています。
(構成/智山教化センター)